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2026/03/21 06:37 |
9/23
今日は昼、バイトに行く必要がなくなった。

バイトへ行く準備を始める一番憂鬱なこの時間に
急に行かなくてもいいとなった、これほど嬉しいものがあるか!!!

さて、時間が出来たので、お寺について書きます。


拍手[1回]


お寺で修行したわけですが、
本当に良い経験をさせていただいたと感じています。
出発当日の朝に参加予約をしたので、
家族にもその朝に「今日から寺修行行って来る」と言って、
家族からは、こいつ大丈夫か・・・寺修行・・・?的な目で見られたわけですが。

その寺では、ほぼ毎日修行体験者の受け入れをしていて、
僕が参加した日には5名の参加者がいました。
全員では15名ほどになります。
毎日新しい人がいては、修行を終え去っていく人もいるわけです。

参加者の年齢層ですが意外と若いということ。
平均30歳というところでしょうか。

大学生は僕含め、4名。男2名と女2名。
年配者は60歳くらいのおじいさん。
7:3くらいで男性の方が多め。

仕事を辞め、その転職期間を利用してとか、
人生の岐路に立っているとか、
自分を見つめ直したいとか、
いろいろな理由をもって参加している人がいました。

自分みたいな地元から来てる人が大半だろうと思いきや、
ほとんどが遠方から新幹線とかの人たちだった。

1日のスケジュールはこんな感じ。

5時20分

起床→洗面→太極拳→座禅(25分×2)→朝課(読経)→掃除
→粥座(朝食)→小休憩→作務(畑仕事、草抜き、写経などなど)→小休憩→作務

12時過ぎ 昼食後~16時45分まで自由時間。
この自由時間は、寺でまったり過ごしても、寺を出て観光してもOKな自由時間。

薬石(夕食)→小休憩→座禅(25分×3)→休憩(茶菓子やお茶を飲んで会話したり、シャワーなど)

22時 消灯



こんな感じです。



まず座禅ですが、これは想像以上の辛さでした。

「無」になるのがこんなに難しいかということでした。
考え事をすれば、少しは時間過ぎるのが早く感じますが、
それでは、座禅の意味が全くないとのこと。

そして足が痺れます。
25分という時間ですが、本気で頑張れば耐えられる時間でまさに修行です。
20分だと辛いですが、耐えられます。
30分だと耐えられません。

25分というこの絶妙な時間。
5分休憩をして、これを3セットです。

座禅を日々の習慣にはしないで今に至りますが、
深い呼吸をして、何も考えないように努めるという時間を
日々に設けるのも悪くないと感じました。

次に食事ですが、
基本何も音を立ててはいけません。
静寂の中でただ食べる、生き物に感謝し、
その生き物により生かされていることに感謝し、食べます。

食事作法はたくさんあって、食べ方やおかわりのもらい方、
お碗は、お湯をもらい、たくあんでお碗を拭き、
最後にお碗とお碗で洗います。箸もそれで洗います。
残ったそのお湯は最後に全部飲みます。

僕、きのこ全般食べられなくてですね、
食べたら嗚咽するレベルなんです。
1食だけきのこが入ってる料理があったんですが、
もう自分の感情を無にして死に物狂いで食べました、食べることが出来ました。
さすがにあの環境の中で、食べ物を残したり、
嫌いなものがあるんですけど~~なんて死んでも言えません。
頑張れば食べられるんだなということがわかりました。

書いてたらキリがないんで、そろそろ終わります。

和尚さんのお話で印象深いお話があった。

今、現実から逃げないこと。それに向き合うこと。
人間生きていることが苦しみ。
決して辛いからといって宗教に関心を示さないこと。
愚かなでも構わない、誠心誠意であることに励め。
目の前にあるモノ、目の前にいる人に自分自身が誠心誠意になれているかどうか?

などなど、考えさせられる言葉、お話を聞きました。

それから最終日にもらった読本の中に書いてあったんだけど、

私達、現代人は暑い日に砂浜に打ち上げられている魚だとということです。
おしえの水の中で生きれば、不自由なく生きられる魚。
ですが、あれが欲しい、これが欲しい、あれもこれもと欲に溢れてしまって、
陸の上で口をパクパクしている魚になってしまっていないだろうか。

印象に残った内容でした。

寺で日々のいろいろな欲を抑えて、集団の中で生活をしました。

普段の生活のようにパソコンは出来て、自由に寝転んだり、テレビ見たり、
好きなもの食べて、部屋を散らかして、、、、、、

そのようなことは寺では出来なかったわけですが、
それが出来て果たして幸せなのか、それで良いのか、と思いました。

食べることに関しても、
普通の人なら、美味しい、美味しくないくらいの感想しか持たないでしょう。

そんな感想しか持たないその食べ物も
誰かが包装してり、作ったり、労力があるから作られていて、
その食べ物そのものも、
生きるために何千、何万という命を食べて生かせれた命。
その何千、何万という命も何千、何万という命を食べているわけで、、、

そう考えると私たち人間は、ほんっとうにたくさんの命を食べて生かされているわけです。

そんなことを考えるとですよ、、、、、

ただ、食べ物を食べて、美味しい、美味しくないだけの感情だけでいられるわけがないんですよ。
食べる前には、いただきますと感謝し、食べた後には、ごちそうさまと感謝し、
今、自分が生かされていること感謝して食べないといけないと改めて考えさせられました。

これは、食事に関してだけでなく、
いたるところで、感謝しないといけない人やモノ、機会、時間などなどたくさんあるはず。

それに感謝して自分が生かされているという考えで
誠心誠意向き合い、今に一生懸命に生きていきたいと思っています。

すぐに変われないと思っています。
何年、何十年後に、あの時あの寺で生活して良かったなと思える人生を
送りたいと思っています。

人間煩悩だらけ、人間である以上、それは仕方ないことですね。
ですがどう生きていくか、どう考えていくかは変えられると思います。
その中で上手く自分と他人と向き合っていこうと思います。

以上です。

寺修行に興味がある方は、
ネットで調べればいくつか受け入れている寺がありますので。
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2012/09/23 12:16 | Comments(1) | 未選択

コメント

おひさです。

お寺で修業って、渋くていい趣味してますね。
何にもないからこそいろいろ考えられるんでしょうね。俗世間にいるとパソコンも携帯もテレビもコンビニも、身近すぎて生活から切り離せないから、じっくり考えるなんて習慣、身につけられないと思います。
posted by jukkoat 2012/10/04 07:54 [ コメントを修正する ]
Re:無題
<jukkoさん>

お久しぶりです。

今の時代切り離せないものですからね。
どう使うか、どう関わるか、みつめなおせる機会でした。
2012/10/04 17:08

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